作者 くらじ ななえ
野生ハムスターの はんます と ほいとや が森の中を歩いていると、見たことのない小人がたおれていました。二匹は、ケーキに使う木の実をとりに森にやってきていたのです。
「たいへんだ、だれかたおれているよ!」
おにいさんの はんます がさけびました。
「ホントだ。お昼寝してるのかな?」
おとうとの ほいとや が、無邪気に答えます。
それを聞いたお兄さんのはんますは、
「ノー、ノー」
と人差し指を チッチッとたてて注意しました。
「いいかい、ほいとや。お昼寝なら、木の根っこを枕にして帽子を顔にのせて寝るんじゃないの?」
そういう問題じゃないと思いますが、二匹は真剣でした。
「それに道の真ん中ではダレかにふんづけられちゃう。…ということは」
「たいへんだッ!小人さんをたすけなきゃ!」
二匹は、ふたりっ子のマナカナのように同時に叫ぶと、大あわてで小人のほうにかけ出しました。(ホッ)
ゆるやかな森の坂道は、落ち葉がじゅうたんのようにしきつめられて、二匹が走るとクヌギの葉がいそがしそうにカサカサと鳴りました。
小人のそばまで来ると、 はんます も ほいとや も心臓がドキドキしてきました。 だって二匹とも、山道でたおれた人をたすけるのははじめての経験でしたから。
「こんなときは落ちつかなくちゃ」
「そうだ。深呼吸しようよ」
「そいつはよい考えだ、
さあいくよ。すーは、すーは」
「すーはッ、すーはッ」
二匹はたおれている小人の前で、両手をあげて大きく深呼吸。
すると はんます に、よい考えがひらめきました。
「そうだ、みゃくをみよう!おじいさんがむかし教えてくれたね。びょうきのハムスターをみるときは、まずみゃくだって」
はんますがうやうやしく小人の両手のみゃくをはいけんしました。二匹のおじいさんは、むかし東洋医学のお医者だったのです。
おじいさんが、具合のわるいハムスターをみているようすをいっしょうけんめい思いだし、まねてみたのです。
どくどくどく・・・
「みゃくもあるし、
よーくみるとほっぺも赤いよ」
「ホントだ、息もしてる」
「ワーイたすかるね、
たすかるね、たすけよお!」
はんます がしゃがんで、ほいとや がよいしょと小人さんをもちあげて、
はんますのせなかにおんぶさせました。
二匹はときどき交代しながら、森の中のふたりの家まではこびました。
野生ハムスターのはんますとほいとやは、森でたおれていた小人をベッドにねかせると、かやくさであんだふくろのなかに、しろつめくさの穂を入れたおふとんをそおっとかけてあげました。まくらのなかみは、ねこやなぎのわたげです。
「ほっぺが赤いのは、のどが
かわいているしょうこ、
冷たいお水をのませてみよう」
「谷川からくんできた、
おいしいみずです。
のめますか?」
「ああのんだ」
「ねえ、はんます。
このこびとさん、
どこからきたんだろうねえ」
「う~ん、見かけない顔だし、
毛皮のベストなんか着ちゃって、
暑そうだねえ。寒いところから来たのかな」
「くつだって、底が厚くて、雪靴みたい」
雪!突然、二匹はひらめきました。
小人がかぶっている毛糸の三角帽。先っちょには、まっ白い毛糸のぼんぼんがひとつ。
小人のかっこうは、雪山にのぼるときの服装です。
きっとどこかの雪国からやってきて、まよったにちがいありません。
そのときです。
小人が急に目を開けて、なにかいいました。
「ぼくのとんかち、
とんとんとんかち、
かちかちかち…」
「こんにちは~、
ぼくらははんますとほいとやです。
ごきぶんはいかがですか?」
「なにかたべますか?」
「…ぼくのとんかち、
とんとんとんかち、
かちかちかち…」
「ああわかった、とんかちを
さがしているのですね。
どこに落としたのですか。
森ですか。川ですか。お花畑のほうですか」
「ぱ・ぴ・ぺ・ぽ…」
と不思議なことばをつぶやいて、
小人はそのままねむってしまいました。
その夜は、風のつよい晩でした。
風にのって、はんますとほいとやは、ふしぎな声をききました。
「ぷ~う・ぷ~う…」
「とんとんとんかち・かちかちかち、こっちのこーはあーまいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち…」
お日様がのぼると、はんますとほいとやは、すぐにあさごはんのしたくをはじめました。
小人さんがねているから、しずかにね。
はんますは、小麦の粒がはいったパンのもとをオーブンにいれました。
パンが焼ける間に、ひまわりの種から作ったコーヒー豆を挽かなくちゃ。
やかんのお湯が、こぽこぽ音をたてて煮立ったぞ。
ああいそがしい。
ほいとやは、バターがたっぷり入ったあまーいスクランブルエッグをつくりました。
元気のない小人さんには、じゃがいものスープを用意しました。
はんますとほいとやが子どものころ、風邪をひくといつもおかあさんがつくってくれたスープです。
赤いチェックのテーブルクロスの真ん中に、黄色い野菊をかざりました。
「おはようございます、小人さん。
ごきぶんはいかがですか」
ふたりが用意したスープを飲んだ小人は、
すっかり元気になりました。
「たすけてくれてありがとう、
ぼくのなまえは、小人のプ」
「ふうん、プくんていうの、
ぼくらは、野生ハムスターのはんますとほいとや、
ふたごの兄弟です」
「プくんのおしごとはなんですか?」
すると小人は、
ちょっとえらそうに胸をはってこたえました。
「ぼくらのしごとは、“むし歯作り”です」
「むし歯って、なに?」
ほいとやがいいました。
「ばかだなあ、むし歯って、入ればのことさ」
はんますがおにいさんぶっていいました。
はんますが兄でほいとやが弟ですが、
ふたりはふたごなんです。
「むし歯は、歯に“穴”をほることですよ」
小人のぷは、くすっとわらってから、おもしろそうにせつめいしました。
ちょっとおどろいたはんますとほいとやは、あわてて洗面所にかけこむと、自分たちの白くてりっぱな歯をじいっとながめました。
このかたい歯に穴をあけることができるなんて、はじめてきいたのです。
小人のプもびっくりしました。
むし歯のことを知らないハムスターがいたなんて。
「あのー、プくん、あなたはぼくらの歯にも
穴をあけますか?」
はんますが心配そうにききました。
「ご安心ください。
ぼくは、人間がせんもんなのですよ」
「あ~、よかった。ハムスターは、むし歯にならないのですね」
「ぼくらの国には、それぞれの専門家がいますから、ハムスターさんにはハムスター係の小人がいて、おしごとしてますよ。」
はんますとほいとやは、この小人のことがきゅうにきらいになりました。
いやなことばかりいうからです。
すると小人がきゅうに泣き出しました。
「えーん、えーん。
とんかちをおとしたから、おしごとができないよー」
小人のプは、いのちの次に大切だと教えられたむし歯作りのとんかちを、森の中でおとしてしまったのです。
なかまがお昼寝をしているうちに、おとしものをさがそうとして、まいごになってしまったのでした。
あのとんかちがなければ、いくら人間のおくちにしのびこんでも、歯に穴をあけることができません。
「あのー、小人のプくん、もしもハムスター係の小人さんがこの森にやってきたら、ぼくらもむし歯になりますか?むし歯っていたいですか?」
「そりゃあむし歯はいたいですよ。でもお二人は、ぼくのいのちの恩人です。小人がやってきても、歯に穴を掘られない方法をおおしえいたしましょう。
でも、これはないしょですよ。そのかわりお二人にお願いがあります。ぼくのなかまのパとピとペとポをさがしてくれませんか。それから…」
すこしあいだをおいて言いました。
「いのちの次に、大切なとんかちもいっしょにさがしてください。なにしろこのあたりは、はじめてなので、道がちっともわからないのですよ。」
はんますとほいとやは、考え込んでしまいました。
人間にもおともだちがいたからです。
黒柴のチョビと
トラねこのUK(ゆーけー)を飼っているえりなちゃんと、
いとこのイチローくんとジローくんです。
「プくん、きみはぼくらのお友だちのえりなちゃんや
イチローくんの歯にも、穴をあけますか?」
「もちろん、それがぼくらの仕事ですからね」
誇らしげに、小人のプはこたえました。
「えりなちゃんとイチローくんとジローくんと
チョビとUKが、もしもとんかちをさがすのを
手伝ったら、えりなちゃんとイチローくんと
ジローくんとチョビとUKの歯に、
穴を掘らないって、約束してくれますか。
もっともチョビは犬で、UKはネコですけどね」
はんますが、おにいさんらしいていあんをしました。
「それはいい考えだ」
ほいとやもホッとして相づちをうちました。
「わかりました、わかりました。
いいですよ。ほかの人の歯でお仕事しますから」
学校が終わると、小学校1年生のえりなちゃんは
かならず森へやって来ます。
イチローくんとジローくんと
黒柴のチョビ、トラねこのUKがいつもいっしょです。
はんますとほいとやは、
えりなちゃんやイチローくんとたんけんごっこをするのが
大好き。
みんなは、空が夕焼けになるまで遊んでよいお約束でした。
西の空がオレンジ色になって、
カラスが群をつくって森に帰るころ、
えりなちゃんたちもお家にかえるのです。
はんますとほいとやから話を聞いたえりなちゃんは、いつもおかあさんから、困っている人には親切にしてあげるのよ、といわれていたので、小人の落とし物をいっしょにさがしてあげることにしました。
トンカチは、木で出来ているそうです。
最初に、レンゲ畑をさがしました。
レンゲの花がじゅうたんのようにしきつめられて、ちょっとやそっとではとんかちなんて見つかりそうもありません。
こんなときは、犬のチョビの鼻が役に立ちます。
小人のプのにおいをくんくんとかいでから、あっちこっち同じ臭いをさがしてまわるのです。
仲間の中で、一番、目のよいネコのUKが、高い木の上から、あちこちに目をひからせます。
とんかちは、谷川の水の中に落ちていました。
犬のチョビがくんくんくん、こっちがにおうぞ、とどんどん川べりにちかづき、ネコのUKが、川の中に落ちていた小人のプのトンカチをみつけたのでした。
「ばんざーい、ばんざーい、見つけた。ばんざーい」
約束どおり小人のプから、とんかちで歯に穴をあけられない方法をきくことにしました。
「とんかちで歯に穴をあけられない方法はね」
「とんかちで歯に穴をあけられない方法は」
はんますとほいとやとえりなちゃん、イチローくん、ジローくん、チョビ、 UKがいっせいに声をそろえて同じ言葉をくりかえしました。まるで卒園式のおくる言葉みたいだな、えりなちゃんは思いました。
「それは」
「それは」
みんなはぐいっとからだを一歩まえにのりだしました。
「それは、…をすることです」
小人のプがかんじんのことばを言ったとき、きゅうにとっぷうがふいて、ちいさなたつまきがおこり、からだの小さな小人のプとはんますとほいとやは、宙にまって、すとんとしりもちをついてしまいました。
わあ、とみんなもいっせいに声をあげ、そのけっか、かんじんの言葉がきこえませんでした。
とっぷうがさって、もういちどやりなおしです。
「とんかちで歯に穴をあけられない方法はね」
「とんかちで歯に穴をあけられない方法は」
みんなのわが、ぐいっとちいさくなりました。
「それは」
「それは」
「それは、…をすることです」
小人のプがかんじんのことばを言ったとき、こんどは、森のとりたちがいっせいにえだから空へ飛び立ったので、羽の音できこえませんでした。
そのときです。
もりのおくから
「ぷ~う・ぷ~う…」
「とんとんとんかち・かちかちかち、こっちのこーはあーまいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち…」
きのうの晩、かぜにのってきこえてきたのと同じこえがきこえました。
よくきくと、なにかのうたのようでした。
小人のプは、
「ぼくのなかまの、パとピとペとポだ」
とさけびました。
もういちど突風がふくと、たつまきがおちばをクルクルと巻き上げ、まるでソフトクリームのようなかたちになりました。
おちばのソフトクリーム型たつまきは、るるんとおどりながら小人のぷのからだをつつむと、あっというまに上空へとまいあがっていってしまいました。
かぜがやんで、みんながいっせいに目を開けると、小人のプのすがたはきえていました。
「小人のプくんがいない!!」
はんますがさけびました。
「なかまがたすけにきたんだね」
イチローくんがいいました。
「プくんのいたところに、なにか絵がかいてあるよ」
ほいとやがきがつきました。
ほそながいぼうのはしに、ぎざぎざしたおやまがひとつ。
???
はんますとほいとやにはわかりません。
「これは、歯ブラシの絵よ」
えりなちゃんがいいました。
そのときそらの上のほうからふしぎなこえが聞こえてきました。
「とんとんとんかち・かちかちかち、こっちのこーはあーまいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち。歯みがきする子は、まーずいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち」
「へんなうただねえ」
はんますとほいとやはいいました。
でもえりなちゃんは、ちがいました。
しんけんな顔つきでこういったのです。
「小人さんが好きなものがわかったわ。
小人は、あまく味のついた歯が、大好物なのよ!」
「そうか、だから、味のついていない歯がきらいなんだ!
歯をみがいたら、ちっともあまくないものね」
イチローくんとジローくんもわかったしるしに、両手をぐーにして、いのきみたいにダアーっというポーズをしてはしゃぎました。
小人くんにとんかちで歯に穴をあけられない方法がついにわかったぞお。
わーい、わーい。
ジローくんは、ワールドカップでゴールをした選手のように両足をばたばたさせてよろこびました。
はんますとほいとやは、歯をみがいたことなんてありません。
どうしておかあさんは、おしえてくれなかったんだろう。
「ハムスターの世界には、歯みがきなんてないんだもん」
そうだそうだ。
歯みがきなんて、きらいだ。はんますとほいとやは、だだっこのようにさわぎました。
「でもかんたんだし、きもちいいよ」
黒柴のチョビがたしなめました。
「じゃあこうしよう、あした、学校がおわってから、はんますとほいとやには、あたしが歯みがきのやりかたを教えてあげる。それならいいでしょ」
えりなちゃんがほっぺをおもいきりふくらませながらいいました。はんますとほいとやのわがままが、またはじまったとおもったからです。
さいごのからすの一家が森にかえると、あたりはきゅうに暗くなります。
「もうあたしたちお家にかえらなきゃ」
さようなら、またあした。
するともういちど空のうえから、うたごえが聞こえてきました。
「とんとんとんかち・かちかちかち、こっちのこーはあーまいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち。
歯みがきする子は、まーずいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち…」
きっとプくんが、やくそくを守って教えてくれたんだ、みんなそう思いました。
おしまい。