はんますとほいとやがれんげ畑のあぜみちをおさんぽしていると、どこからか、サイレンのような泣き声がしてきました。
「ギャッオー、ギャッオー、うウェ~ン、うウェ~ン」
「ギャッオー、ギャッオー、うウェ~ン、ウェン、ウェン」
ア、あの派手な泣き声は、ジローくんだ。
いったいどうしたのかな。
またいたずらをして、パパにしかられたのかな。
とにかく行ってみよう。
ウン、行ってみよう。
はんますとほいとやは、いそいで回れ右をすると、とうもろこし畑とキャベツ畑の間の細道に向かってかけだしました。走るたびに、草のにおいにまじって、よもぎの葉のにおいがぷんとします。
「ねえほいとや、あとで、よもぎの草もちをつくろうよ。よもぎがとってもいいにおい」
「ホントだね。きょうのおやつは草もちだ。
オット、その前にジローくんを助けなきゃ。
ところではんます、ぼくはきなこもちにするよ」
「ぼくは、あんころもち。
ワーイワーイ、くさもち、ワーイ」
ふたりは、ジローくんのおうちの裏木戸のすきまをヨイショとこえ、栗の木とプラムの木の下を抜けて、中庭にまわりました。ぶどうのたなの下で耳を澄ますと、泣き声がよく聞こえました。
どこで泣いているのかな。
泣き声は、ジローくんの細長い家の右側から聞こえてきます。ほりごたつとソファのある茶の間だよ、きっと。
はんますとほいとやは、ジローくんの家の台所にいくときは、中庭にある井戸の左側からまわりますが、ほりごたつの茶の間に行くときは、井戸のとなりにある物置小屋の右側をとおるのでした。物置のそばをタタタっと走り抜けると、ちょっとこけのにおいがしました。
はんますとほいとやは、じんじんぐものすをじょうずによけながら、茶の間の縁石にとびのりました。
部屋の中をそおっとのぞきます。
ジローくんがほりごたつの前で、顔をまっ赤にして、泣いていました。
「ジローくん、どうしたの」
「タローくんとけんかでもしたの。それともだれかにしかられたの」
ふたりは、おそるおそるたずねました。
「こッこッで、ヒックヒック、ピョンピョンして、エッエッエッ、たら、ウッウッウッ、ぶつけたの。
ウウェーン、ウェンウェン」
よくみると、ジローくんの左のおでこには、おーきなタンコブがひとつ。てらてら光っていました。
「あーあ、ソファでピョンピョンして、こたつの天板におでこをぶつけたんだね」
「すぐに氷で冷やさなきゃ」
「ママはいないの」
「ママは、ヒックヒック、おつかい」
「たろーくんは?」
「パパをよびに行った…、フウェーン」
はんますとほいとやは、いそいで冷蔵庫の前まで、超特急でダッシュしました。けれど冷凍庫は、上の段。
はんますとほいとやには、どうしてもとどきません。
ほかに冷やせるものはないかしら。
そうだ、氷がないときは水でもいいって、キャンプのとき先生がおしえてくれたじゃない。そうだったね。
流し台に二人はよじのぼると、力を合わせてすいどうのじゃぐちをひねりました。ザアッと冷たい水がいきおいよくでてきました。いそいでタオルをぬらし、ふたりはタオルの両はしをしぼって、一生懸命おしぼりをつくりました。
「ジローくん、さあこの冷たいタオルで、
タンコブを冷やして!」
そのときです。
「パパッ、こっちだよ」
タローくんの大きな声がして、廊下をドスンドスンとひびかせながらタローくんとジローくんのパパがやってきました。
タローくんとジローくんのパパは、歯医者さんです。廊下のむこうがわが、歯医者さんのお部屋なのでした。
パパは、歯医者さんの白衣のままで、茶の間にやってきました。頭の上には、穴のあいた丸い鏡をのせています。
パパがくればもう大丈夫、はんますもほいとやも、ホッとしました。
「ジローくん、茶の間のソファでピョンピョンしたらいけないって、いつもママにいわれてるでしょ。どうしてそんなことしたの」
「あの~、ジローくんのおじさん、それよりもコブがひどいから、氷で冷やしてあげてください」
はんますがおねがいします。
「やあ、はんますとほいとや、きてたの。ゆっくりしていきなさい」
おじさんはまるでなにごともなかったように、のんびりと二人に声をかけました。
「やあ、はんますとほいとや、きてたの。
ゆっくりしていきなさい」
おじさんはまるでなにごともなかったように、のんびりと二人に声をかけました。
「おじさん、それより、ジローくんのコブをみてよ」
「ああそうだったね、ジローはつよいからこのくらいのコブ、へいきだろ」
パパのことばに、ジローくんは、ますますひどく泣き出しました。
「パパあ、早くジローのタンコブ、なんとかしてよオ」
タローくんまでひっしでおねがいします。
ヨシ、といって台所にむかったおじさんが長くて白い白衣のすそをひるがえしながら手にしてきたのは、氷のはいったひょうのうではなく、ナンとみどりいろの大きなドロップでした。
ドロップなんかどうするのかな、だれもが思いました。
おじさんは、
「ほーら、ジローくん」
といいながら、泣きじゃくるジローくんのお口に、メロン味のドロップをぽおんとほおりこむと、あっけにとられるみんなをのこして、さっさとお仕事のおへやに戻ってしまいました。
なんてことでしょう。
はんますとほいとやは、あきれてしまいました。こうなったら、ママに言いつけるしかありません。
ところがママがおつかいから戻ったころには、ジローくんはすっかり元気になり、はんますとほいとや、タローくん、ジローくんの四人で、庭でおにごっこをしていたのです。
さてその晩、おふろからでたジローくんは、いいことを考えつきました。タンコブがいたくなってきた、とパパに言ってみたらまたメロン味のドロップをもらえるかもしれない、と思ったからです。
ジローくんは、一度でいいから、ドロップをなめながらねむってみたかったのです。ママにいったらぜったいしかられそうな予感がしたので、パパにそおっと耳打ちしました。
「あのさあ、パパあ。ジローね、またタンコブいたくなっちゃった」
するとパパは、よーし今日だけだぞ、といって、こんどはイチゴ味の大粒ドロップをジローくんのお口にポンと入れてくれました。
いいのかなあ。
(つづく)
ジローくんは、お花畑で思いっきりあそんでいる夢をみていました。
れんげ、たんぽぽ、しろつめくさ、すみれ、色とりどりの花のじゅうたんのなかで、ジローくんは黒柴のチョビとごろごろ遊びをしていました。どこからかあまーいにおいがただよってきました。
においだけじゃありません。
あまずっぱい、美味しいにおい!
ウウン、そうじゃあなっくて、このゆめは“あまい”ゾ。
ジローくんは、ごくらく気分になりました。
おふろのなかでいつもパパが、「あー、ごくらく、ごくらく」と言っているのを思い出し、ちょっとまねしてみたのでした。
「あ~、ごくらく、ごくらく」
そのとき突然、黒柴のチョビが、ジローくんの顔をなめはじめました。わあ、チョビ、やめてよ。くすぐったいじゃない。
チョビは、なんだかおいしそうに、ジローくんのお口のまわりをペロペロなめました。
やめてよチョビ、と言ってジローくんは大きな口を開けました。
そのときです。チョビがジローくんの歯に、噛みついてきたのです。
「痛いッ!」
えりなちゃん、タローくん、どうしてだれもたすけてくれないの、そう思ってジローくんは、必死でまわりを見回しましたが、だれの姿も見えません。
「UK 、UK 」
トラ猫のUKの名前も呼んでみましたが、返事がありません。
なんて静かなんだろう。
ジローくんは、ちょっと泣きたい気分になってきました。
歯は、ますます痛くなりました。
一人でお家へ帰ろうと思った瞬間、ぴゅうと風がふきました。かぜにのって、甘いにおいと何だかきいたことのある歌声が聞こえてくるではありませんか。
「とんとんとんかち・かちかちかち、こっちのこーはあーまいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち。歯みがきする子は、まーずいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち…」
夢のなかでジローくんは、小人の歌を聞いたのです。
「とんとんとんかち・かちかちかち、こっちのこーはあーまいぞ、とんとんとんかち・かちかちかち」
耳元で、はっきり聞こえました。
ジローくんは、よーく見てみようと声の方をむきました。エイッと目を開けると、ビックリぎょうてん!
だって、五人の小人たちと目が合ってしまったのですもの。
ぴゅうとふいた風は、窓際のカーテンをゆらしています。窓から差し込む月明かりで、ジローくんが見たものは、とんかちを手にした小さな小人たちでした。
「とんとんとんかち、かちかちかち…」
と歌いながら行進していた小人の一人がアッと声をあげました。
「たいへんだっ。この子はジローくんだ!」
小人のプでした。
夢と現実がごっちゃになった小さなジローくんには、なにがなんだかわかりません。
「やあ、小人のプくんだ、こんばんは。なにしてんの」
ジローくんはそういいながらペロッと自分の口のまわりを一周なめました。あまずっぱくて、おいしい味…。
でも、奥歯がずきーん、とします。
「あのね、ジローくん。
きみは今日、ドロップをなめながらねたでしょう。
あんまりおいしそうだったので、ぼくらたまらずに、きみの歯を食べにきちゃったんだ。
ジローくんとタローくんとえりなちゃんの歯だけは食べないって約束してたのに、ゴメンね。
あしたからは、よーく歯をみがいて、歯に味をつけないでね。そうしないとまた来たくなっちゃうから」
ちょっとこわいことを言って、小人たちは帰っていきました。
いまのことタローくんにも教えてあげなくちゃ、そう思いましたが、ジローくんのまぶたは重くなり、もう夢の中にもどっていたのでした。
ちいさなジローくんは、今夜のおはなしをみんなにつたえられるかな? 次回のおたのしみです。
よくあさ、ジローくんにいへんがおきました。
「ママ、ぼく今日から歯みがきするよ」
「あらあらジローくんたら、どうしたの?」
「今までは、いくらママがいってもやーだもん、っていって、にげていたくせに」
「逃げてナンか、いないもん。ちょっとヤだっただけだもん」